6月15日土曜日、第七回エコール・ド・東山を終了いたしました。
次回は7月20日土曜日14:00~開催いたします。物理学とフランス教育史について、お楽しみいただきます。ご予約受付中。
「消えた反物質の謎」
増田 孝彦 (京都大学大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻 高エネルギー物理学研究室 博士三回)
この世の中のありとあらゆるものは物質(粒子)で出来ていて、反物質(反粒子)というものは、ほとんど存在しません。ビッグバンが起こった直後には物質と反物質は同じ数だけ作られたはずなのに、どうして今は物質だけになってしまったのでしょうか?宇宙初期を振り返って考えてみたいと思います。
「19世紀末フランスの女性誌にみる家庭教育像」
井岡 瑞日 (京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期過程満期終了、現立命館大学/京都学園大学 非常勤講師)
2013年7月20日(土) 14:00~16:00(開場13:30)
ハイアット リージェンシー 京都 地下1階Touzanバー
各回定員20名 参加料3000円(茶菓子付)
お申込みは、メールまたはお電話にてお願いいたします。
ecoledetouzan@hotmail.co.jp 電話番号: 090-6662-0360
定員になり次第、受付を終了させていただきます。ご予約はお早めに!
☆★☆第八回報告☆★☆
数日前から急に真夏並みの気温と湿度となり、いよいよ京都の夏到来を予感させるような6月15日土曜日、第8回エコール・ド・東山を終了いたしました。徒然なるままに…報告です。
「バロック・ローマ嚮導:教皇シクストゥス五世の街路網計画」前川文さん
ローマの街を貫く最も長い直線道路、それがフェリーチェ通り。1585年に教皇となったシクストゥス5世の本名から名付けられたのだそうです。イタリア美術を研究しているのに、ローマには数回しか行ったことがない私。地下鉄やバスに乗ることに慣れていないから、ひたすら歩いて有名な聖堂をめぐったので、前川さんの話をききながら、あぁ、あの道のことだ、と思い出すことができました。
ポポロ広場にある双子教会に向かうとき、確かにまっすぐの道を歩いたなぁ、途中で川沿いの道に出てカステッロ・サンタンジェロを左に見ていたよな、と地図をみると、それはどうやら16世紀初頭にレオ10世が整備したレオニーナ通り(現リペッタ通り)というらしい。帰りは、賑やかそうなコルソ通りを歩いて宿に戻ったのだったわ。うんうん、長い直線道路でした。あの道も16世紀前半にできたのかぁ。たった1回その道を歩いただけなのに、結構覚えているものです。

でも、それこそが歴代教皇のもくろみだったとは!キリスト教徒でない私でさえ、お目当ての聖堂へと心を躍らせながら歩いたのだから、信心深い巡礼者たちはどれほど高揚したことか。こんなワクワク感も意図して、道が作られたのですね。フェリーチェ通りの途中にあるクアトロ・フォンタナ、それを取り囲む建築…ここは、ただの通路ではない…誰もがそう感じるはず。それは、巡礼者という観客を教会堂という舞台へといざなう花道だったのだとわかりました。バロックという芸術様式からなる建造物とともに、主要な教会堂をつなぐこれらの道が、ローマという都市を劇的で躍動感ある大舞台に見たてて演出する、そんな風にも言えるでしょうか。
今度ローマに行ったときは、当時の巡礼者たちが辿った道を自分も踏みしめているのだと、当時に思いをはせながら歩いてみたい…今度っていつ?いつ行くの?「今でしょ」なんて…、また、つまらぬオチになってしまいました。
ということで、デザートタイム。今月はフレッシュな桃のタルトでした。タルトって食べるとお腹がいっぱいになってしまうのですが、「これは二つ食べられるね」とおっしゃるかたもおられたほどです。いつも美味しいケーキをありがとうございます!
「日本の西洋哲学者、西田幾多郎」中嶋優太さん
そんな美味しいタルトをいただきながら聴くのは、京都学派・西田幾多郎について。「哲学」って聞いただけで、「むむっ、難しいにきまっているぞ」と身構えてしまいますよね。しかし、その緊張感も束の間。西田が思索しながら散策した「哲学の道」を、中嶋さんとゆっくりと辿っているかのようでもあり、柔和な風貌、独特の語り口、しなやかな身振りによるものなのか…午後の昼下がりに魔法をかけられたようでもあり、30分があっという間に、気持ちよく過ぎたのでした。
中嶋さんは、南禅寺にある琵琶湖疏水の水道橋に懐かしさというか、ほっとするような感覚を得るのだそうです。確かに。くすんだレンガの色彩に、アーチの下のほの暗さや、その連なりに、過去へ過去へと記憶が遡っていくような、そんな気持ちになった人は多いのではないでしょうか。明治の人達が、この疎水という最新技術を目のあたりにした時の感覚とは違うわけなのだけれど…と説明されていたように、お寺の境内に設けられた水路閣…当時としては画期的な異国風…。けれども、疎水それ自体、蹴上から「哲学の道」へと延びる分線、これらはまさしく「…明治時代は外国文化を吸収」し「消化さえすれば日本人の肉となり血となるのである」と西田が述べたものであり、その証明なのだろうと思うのでした。
平成に生きる我々が、それらを日本の原風景のように感じるのは、春には満開になる桜、新緑や紅葉の東山という借景、凍てつく冬の雪化粧などの自然と、伝統的な社寺が点在する京都という場を配慮したうえで西洋の最先端技術が導入されたからで、「精神として西洋を受容」し消化しようとした明治という時代の姿勢があったからなのでしょう。もちろん、中嶋さんが感じる「懐かしさ」には、西田をはじめとする文化人たちの思索や瞑想に近づいていくような、彼らと共にいるような、そんな親密な感覚がもっと伴っているのでしょうねぇ。
さて、私が哲学の道を歩いたのは、いつだったかなぁ。あぁ、南禅寺近くで朝粥を食べた後、冷たい風がびゅうびゅう吹く寒い冬の日だったよなぁ。枯葉を背中に乗せた猫が、私の前を歩いていたっけ。ふむ、じっくりと歩いた道というのは、よくよく記憶に残っているものだ。…と、ローマの道での自分の記憶と繋ぎ合わせて、第8回の感想を「道と記憶」でまとめて終わろうという意図が丸見えですね。
というわけでそれはやめておいて、最後はホテルのレセプションデスクに凛と活けられた花でビシッと決めてもらいましょう。
「カラーcallaといえば白」という常識を打ち崩し、目に鮮やかなオレンジ。エコール・ド・東山の新しいチラシの表紙と、奇しくも同じ「カラー(color-calla)」