2014年12月

今年は例年より早く寒くなってきました。1213日土曜日も寒い日でしたが、2014年のエコール・ド・東山を終了いたしました。スピーカーのお二方、お越しいただいたお客様、ホテルの皆さまに感謝いたします。簡単ではありますが、二つの発表について報告をいたします。


プロソポン―古典ギリシア文献における「顔」

佐藤 真理恵

京都大学大学院 人間・環境学研究科 博士課程指導認定大学

京都教育大学非常勤講師

まず、私と同じ研究室の先輩でエコール・ド・東山には二度目の登場となる佐藤さんの発表です。佐藤さんの発表は、「顔」を意味するギリシア語プロソポンという語についてです。この語は「顔、仮面、役柄、人格、人称、位格」など複数の意味を持ち、そこから多数の派生語が生まれました。なぜ矛盾する意味が一つの言葉に含まれているのだろうかという疑問から、佐藤さんの研究は始まりました。

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 プロス(~に対して)とオープス(目)という意味を持つ二つの語が組み合わされたプロソポンには、「目に対するもの、目に映ずるもの、眼差しに提示された要素の総体、視覚的表面」という原義があります。お話を聴いていて興味深かったのは、英語のfaceが総じて「顔、表面、正面」を意味するのとは異なり、古代ギリシアで「顔」とは他者に対して「どうしようもなく曝け出されているもの」であり、それを見ているのは顔の持ち主ではなくて他者、つまり「顔」とは他者から与えられるものであると考えられていたというところでした。つまり、顔とは「ありのまま~♪」ではないのです。古代ギリシア人に限らず私たち人間は「表の顔と裏の顔」を使い分けるのが得意です。「おしどり夫婦」が実は「仮面夫婦」だったなんてことは茶飯事です。まさに私たちが持っているのはプロソポン、表裏一体となった顔なのですね。

さて、プロソポンに打消しの接頭辞が付いた形容詞がアプロソポス。辞書的には、①顔の無い、顔の美しさを欠いた ②仮面を着けていない、変装していない、あけすけな ③非個人的なというような意味です。顔が否定されることで「顔がない」という①の意味になるのは当然ですが、②のように「あけすけな」顔が現れるのはやはりプロソポンに「仮面」という意味があるからこそでしょう。本当の顔を否定したうえで更に否定を重ねる二重の否定=肯定・・・顔と仮面の境界が危うさを表現したプロソポン、悩ましくも面白い語です。

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社会や他人によって与えられる顔、隠すほどに表に出てしまう本当の顔、両義的なプロソポンという語について考えることが、ギリシアに始まる西洋文化のみならず現代に生きる日本の文化と顔について再認識するきっかけになればと佐藤さんはしめくくられました。私は自信がないとき化粧が濃くなります。一重の目に太いアイラインを引いて、短いまつげにマスカラを何度も重ね、より赤い口紅を塗ります。そうすることで「こう見られたい」という他人目線の自分を演出します。隠ぺいしているつもりでしたが、実は自分のコンプレックスや弱い部分を曝け出しているのですね。一方、ハンドルネームだけでコミュニケーションが成立するヴァーチャルな場、たとえばtwitterなどでは、顔がないからこそ本音をポロリと発信してしまいます。「表よりも饒舌な裏」、実に腑に落ちるお話でした。


ブータンにおける予防医学

坂本 龍太

京都大学白眉センター 特定助教

次は、前日にブータンから戻られたばかりであったにもかかわらず疲れも見せずお話をしてくださった京都大学白眉センターの坂本医師の登場です。ブータンの高齢者の健康状態や生活の質の向上に努められている坂本医師が現在のプロジェクトに携わられるまでの経緯は、子供の頃からブータンで仕事ができないものか…と思い続けた一念であることに感銘を受けました。(だいたい私などは、自分のことばかり考えて生きてきたものですから…)

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 少子高齢化の傾向はいずこも同じ、したがって高齢者をとりまく体や心の問題もまた解決すべき大きな問題です。高齢者を家族から切り離して独りで収容する老人ホームはブータンの主義に反することから、お年寄りの健康維持には予防医学として健康診断の実施が必要と、坂本医師はブータン保健省の大臣の前でプレゼンをしたのだそうです。その提案に対して大臣からは、「あなたは、いずれ日本に帰ってしまうのでしょう!」と厳しい意見が。そこで、自分がいなくなった後でも地元の人たちで継続できるしくみについて検討し、ようやく提案が議会で審議にかけられたのだそうです。国民の幸せに寄与するかどうかに重きを置くGNHC(Gross National Happiness Comission)による審査もクリアし、カリンという地域での活動が開始されました。私たち日本人が当たり前のように使っている身長計や体重計もなく、人々は数字を記録することすらままならない識字率の低い地域で、坂本医師はこの地に合った健康診断の方法を工夫して活動を続けておられます。

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こうした取り組みは単に予防医療に留まらず、医療と患者との壁、ブータン政府の部局間の壁、高齢者と若者の世代間の壁を崩すきっかけにもなっているのだそうです。それは、坂本医師がブータンの「ありのままの」姿を見極め、科学技術に依存するよりも地域の人々の力を信じた診療に取り組まれた結果でしょう。その成果が認められ、今後の活動範囲はブータン全土へとひろがっていくそうです。幸福度No.1に輝いたことのある国ブータン。参加してくださった方々が「幸せって何なのでしょうね」と仰っていたのが印象に残ります。私たちもまた、このことを考えながら新しい年を迎えることにいたしましょう。


坂本医師の著書が出版されています→http://www.nakanishiya.co.jp/book/b185329.html


今月のケーキ


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洋酒の風味が効いた栗、二種類のソース、何度も違う味が楽しめる大人のケーキでした。


今月のお花


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ダイナミックなクリスマスリース

おかげさまで、次回2015年1月10日の会も満席となりました。ご予約いただいた皆さま、ありがとうございます。新年を迎え、また皆さまにお目にかかれますことを楽しみにしております。

2月は14日(土)14:00
から開催をいたします。
トピックは、カメルーンの民族音楽について、イタリア現代美術アルテ・ポーヴェラについてです。詳しい内容については、近日中にお知らせいたします。

また、本日終了いたしました12月の会の報告も、できるだけ早く掲載できるようにいたします。お越しいただいた皆さま、発表をしていただいた若手研究者のお二方、ホテルの皆さま、今日もありがとうございました。

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