エコール・ド・東山 Ecole de Touzan

確か、エコール・ド・東山を始めた頃、3回ほど雨だったり雪だったり、足元が悪い日が続いたなぁと三年前を思い出しています。遠く太平洋には梅雨もあけないのに台風が発生しているし、やたら雨の多い日が続いたにもかかわらず、最終回は晴れの日で迎えることができました。これはもう、皆さまの徳というべきでしょう。お天気の神様が、微笑んだ一日でありました。7月の発表の報告です。 
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今を生きる掛け合い歌
梶丸 岳

歌の掛け合いを文化人類学的に(フィールドワークを通して文化や社会から他者、自己を理解しようとする)研究をしているのは梶丸さんを含めて日本に二人ほど。貴重な発表を聴ける機会となりました。大学では生物化学を専攻されていたのですが、人と人とのコミュニケーションや音楽に興味があったことから、大学院では、中国の奥地に残る歌の掛け合いを研究し始めたのだそうです。今回は、掛け合い歌とはどういうものなのか、さらには、掛け合い歌を儀礼や宗教などに結び付け、高尚なものへと引き上げようとする傾向とは異なって、単なる「遊び」なのではないかという梶丸さんの考えをお話いただきました。

まず、掛け合い歌とは、ある程度一定の旋律に、即興の歌詞をつけたもの。我々はカラオケの影響で、決まった歌詞・メロディーをなぞって歌うことや、歌唱力を重視しています。けれども、昔、たとえば平安時代の貴族が詠みあった和歌のように、その時々の情景や心情によって歌詞が変わるという即興性、やりとりこそが重要で、旋律は、言葉をのせるための「容器」のようなものだと梶丸さんは言います。身振りや、音の変化(節まわし)が制限されたからこそ、掛け合い歌では、歌詞に重点がおかれるようになったと考えられるのだそうです。しかし、即興で言葉を考えるのは難しく、掛け合い歌の事例が多く残る奄美地方でも、80年代以降、歌詞よりも歌唱力が重視され、90年代では歌詞は決まり文句にさえなる傾向にあるという研究者もいるそうです。
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では実際に、掛け合い歌というのは、どのようなものなのか。まず、中国内陸部・貴州省のプイ族の映像を少しだけ見せてもらいました。さて、言葉でどう伝えたらよいでしょうか…。旋律の単調さや地声を使うところだけをとってみれば、お経かなぁ…。コール&レスポンスという点からは、労働歌とか…? ラップミュージックかなぁ…大幅な歌詞の変更ではないけれど、全国ツアーなどでは、ライブ会場によって歌手がご当地の名所や名物や方言などを取り入れて観客とやりとりすることがある、あれに近いのかもしれないけれど…。いや、違うな…。とにかく、プイ族の掛け合い歌は、単調で地味な男女の歌のやりとりが何時間(2時間から、時には5時間半…)も続けられるのだという。しかしまぁ、男女のやりとりというほど、気持ちや情欲の高まりを感じ取れるものでもありませんでしたが。その意外性、結構好きです。
これらの歌詞は、時に微妙にワードを変化させることはあるものの、基本的には、膨大な定型句のアレンジなのだそうです。したがって、気合を入れて聴いていなければ途中で意味がわからなくなる。だから、掛け合い歌に関心を持つ現地の若者たちは減っているのだとか。長時間にわたる単調かつ定型文でのやりとりは、刺激がなさすぎるのでしょう。ここまで書いて、プイ族の掛け合い歌に近いものを思いつきました。国会中継の質疑応答、これです。テレビの前の私だけでなくて、現場でさえも意識不明の先生方がいらっしゃいます。(あくまでも個人の意見です…。最近は、やや白熱しているようですが…。)
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次に見せてもらったのは、秋田県横手市の掛け歌のコンテストの様子。こちらは、「仙北荷方節」という民謡の節に、七七七五の歌詞をその場で考えて歌うもの。定型文はなく、テーマはシリアスなものから滑稽なものまで様々。何でもよいのだそうです。民謡がもとになっているだけに、音の高低やこぶしと言うのでしょうか抑揚もあって馴染みある節まわしでした。歌詞は字幕がなしではわからなかったのですが、100%即興性があるとはいえ、次はこれを言うのではないかなと予測がつくものも多いのだそうです。想像どおりのオチがくれば「そうそう、それそれ」「待ってました!」とニンマリ。意外性はないにしても…、ストンと腑に落ち、満足感を与えてくれます。(私は特に、この「偉大なるマンネリズム」が大好きです…)

さて、この掛け歌を遊びと考えるにあたって、「遊び」とは何なのか、いくつかの定義を紹介してくださいました。社交として(ジンメル)、限定性・自発性・規則性、そこから生まれる緊張と喜びの感情(ホイジンガ)、虚構と気ばらし(カイヨワ)、人と人との間を言ったり来たりする関係の在り方(西川)などを引用され、時間と場所の限定性、規則性などが見いだされる掛け合い歌が、「遊び」の定義に則るものであるというのが梶丸さんの考えです。しかし、それよりも何よりも、歌い手さんたち自身が、「楽しい」からやっているということからもそうであり、「楽しくない伝統芸能は残らない」としめくくられました。「楽しい」と思ってやり続ける人たちがいるからこそ、掛け合い歌は今も生きているのです。

しかしながら、中国でも日本でも継承者不足という問題があるようです。そうですね……平面から立体へ、二次元から三次元、果ては四次元にまで意識が飛んじゃうのではないかと思うほど、視覚や聴覚に対してめくるめく刺激が、現代では益々増加しています。タイトルにもあるように「今を生きる」伝統芸能。ビジュアルも音も単調さが特徴でもあり味わいでもある掛け合い歌・掛け歌が、今後どうなっていくのか、変化をとげるのか、維持されるのか、消えてしまうのか、気になるところです。

「人生の意味」への問いを生むこころ
浦田 悠

心理学がご専門の浦田さん。今日は、人生の意味について、これまで言われてきたこと、「究極的意味技法」を体験するワーク、自分自身の人生の意味について考えていくという流れで発表してくださいました。

これまで、小説家、心理学者、哲学者など、様々な人たちが人生について語ってきました。今回、浦田さんが紹介してくださったものを、ここにも挙げてみましょう。
・人間が唯一確信できる知識とは、人生とは完全に無意味であるということである。(トルストイ)
・生の意味や価値を探し求めるとき、その人は病気なのです。なぜならそれらは客観的に行っていずれも存在しないからです。(フロイト)
・自分自身そして他人の人生を無意味と考える人は不幸なだけでなく、生きるに値しない。(アインシュタイン)
・人生の意味が消滅したときに、その問題が解決されたことに気づく。(ウィトゲンシュタイン)
・人生には捉えきれないほどの意味がある。なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。(ヴィクトール・フランクル)

トルストイやフロイトはネガティブ、その他の人たちは、どちらかというとポジティブ、フランクルという人は非常にポジティブ、このように様々な意見があります。分析哲学では、人生の意味について、次のような対立があると指摘されているそうです。
・(神、社会、宇宙によって)与えられるもの vs (自身が)作り出すもの
・客観的なものvs主観的なもの
・スピリチュアルなもの vs 世俗(現世)的なもの
・幸福と同じもの vs 幸福とは独立したもの(苦しさにも意味がある)
人生の意味とは、常に対立するもの、つまり、どちらとも言えないものとして考え続けられるべきものということでしょう。けれども、このように単なる対立構造ではなくて、これらが入れ子の構造になって、各々が人生の意味を捉えているというのが浦田さんの考えのようです。
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発表の中で、「究極的意味技法」について、「人がテレビを見るのは何のため?」という質問に対して答えていくことで、そのことに対する究極の意味を見出すワークを実際に体験してみました。この「○○は何のため?」という質問に対して、一般的に「~しないため」という答えが出てくると心理学的には好ましくなく、「世のため」「人のため」や「内なる願いのため(やらされるのではなく自発的に何かをしたいという目的意志)」という答えが出てくると心理的に健康なのだそうです。

そういえば、昔、同僚の結婚披露宴で、新郎が新婦をお嫁さんにしようと決意したのは、彼女と初詣に行って「何をお願いしたの?」と聞いたら「世界平和」と彼女が答えたからだと言っていて、素晴らしい人たちやなぁ…と感動したことを思い出しました。それ以来、私も神社では「世界平和」を願ってきたのですけどねぇ……。彼女と私の違いは何か。彼女にとっての人生の意味は、社会的・普遍的意味「世界平和」にあり、宗教的・霊的意味つまり信仰を持っていたからこそ神仏に願い、そのことがきっかけで新しい家族を得て関係的意味や個人的意味のある豊かな人生を送っているのだと思います。彼氏をゲットしようという下心だけの私とは違いましたね。

もうひとつ、ハッと思ったことがあるのですけれども…、私は子供の頃、何かにつけて「人に迷惑をかけてはいけない」と親に言われていたことです。その言葉は、私の生き方にかなり影響を与えているように思います。今まで気が付かなかったけれども、「人に迷惑をかけない」というのが、発言、行動、判断、決断など、諸々の物事の基準になってきたように感じます。だから、よく言えば謙虚さが身に付いたのかもしれません。最近は、年齢のせいで随分厚かましくなっていますが、概して控えめでいるほうが心地よいです。悪くいえば、いつも何となくビクついているというか、大胆さにかけるというか、人の顔色を見て生きてきたような、そんな気がします。そういう私の言動を嫌う人もいると思います。それをまた、気にしている私がいます。「~しない」というネガティブな言葉には、そんなにも大きな力があるのですね。その一方で、「人に迷惑をかけない」のだったらいいじゃないか、「別に、誰にも迷惑かけていませんけど」という横着な考えもしてきたような気がします。自身の行動を自分のためにしていない、他者の目線の反射しているような生き方だったかもしれないと、ちょっと悲しくなってきました。ちょっと横道にもそれそうですし、こんな自分をブログで晒し者にするのってどうよ、とも思うので、これ位でやめときます。

さて、この難しい問題についての発表を、人生について全く真剣に考えてこなかった私が、どうまとめたらよいのか、私にとって人生の意味とは何だろうか、そういうこと若い時にちゃんと考えていたらもっとマシな人になっていたかもしれない、どんな難しい発表だって、さら~っとまとめてしまえるような賢い人になっていたのだろうに、とかウダウダと考えていたら、梶丸さんの発表について書き終わってから三時間あまりが経ってしまいました。まるで一人掛け合い歌です。私にとって人生の意味とは、こういうことの繰り返しのような、そんな気がしてまいりました。まぁ、でも、苦しくも楽しいといいますか、「今を生きる」私、とでも言うことにしましょう。ふにゃふにゃになった脳をキュッと引き締めるのには、やはりこのブログの試練は人生の意味の一つかもしれません。
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さて、この回をもちまして、エコール・ド・東山は最終回です。社会人を経て大学院に入学した私たち主催者が、若い研究者から受けた刺激をもっとたくさんの方々に知っていただきたいという思いから始めたサロン。人生の意味を問うという壮大な内容が、発表のオオトリだったのは何とも意味深いことです。人生の意味は、ここにもあった、つまり、この三年間、この会を支えてくださった皆さまです(「関係的意味」というのでしょうか。合ってますか、浦田さん…)。私たちが普段知ることや考えたこともなかった研究をしている若くて優秀で礼儀正しい発表者の皆さま、本当に有難うございました。発表を聴きに来てくださった沢山のお客さま、本当にありがとうございました。悪天候の日もありました。きっとお忙しい日もあったでしょう。何と感謝の言葉を述べたらよいのでしょうか。拙いブログを読んで下さった皆さま、ありがとうございました。そして、会場設営やお茶の準備、その他心づくしのサービスを黙々としてくださり、夕方の営業が始まるというのにいつまでも会場に居続ける私たちを許してくださったバーの皆さま、いつも美味しいケーキを用意してくださったパティシエの皆さま、まるで自分のリビングのように会場を自由に使わせてくださった総支配人と総支配人秘書のお二方、本当に有難うございました。もう、「感謝」という言葉に尽きます。

でも、でもですよ、終わりは始まりでもあります。「人生はまだ終わらない。何度でもやり直せる」と先日見たミュージカルでも歌っていましたし、自分の人生の意味をもう一度考え、再スタートもあり!今回、知己を得た皆さまと、またいつか何かしらの形で再会できることもあるのではないか、そんな希望を私は人生の意味のひとつに挙げて、エコール・ド・東山とこのブログを終わりたいと思います。

今月のケーキ
ミルフィーユ カスタードにはブランデーを、ソースは旬のイチジクに白ワインを加えて、大人な香りに。
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今月のお花
なんと!リピーター(皆勤)のO様が、最後にお言葉をくださり、ジェントルメンから、主催者の5人にお花をいただきました。それを見て涙してくださったNさま、ううぅっ、感無量でしたぁ~っ!!
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各地で雨風が強い日が続きます。梅雨の真っただ中ですが、先週末、梅雨の晴れ間に6月のエコール・ド・東山を終了いたしました。ブログの後半に報告を掲載しています。
7月の予約も受け付け中です。残席わずかですので、ご予約はお早目に!!
内容は次のとおりです。

今を生きる掛け合い歌
梶丸 岳
京都大学 博士(人間・環境学)
京都市立芸術大学 日本伝統音楽研究センター 特別研究員

決まったふしに即興で歌詞をつけて歌う「掛け合い歌」は、日本を含む世界各地にみられます。かつてこの芸能は日本古代の歌垣の遺風として捉えられてきましたが、フィールド調査から、これとはかなり違う姿が見えてきました。中国や日本における掛け合い歌を事例に、この芸能を「伝統芸能」と「遊び」という観点から再考していきます。

「人生の意味」への問いを生むこころ
浦田 悠
京都大学 博士(教育学)
大阪大学 教育学習支援センター 特任講師

「人生の意味は何か?」という問いは、人類にとって永遠のテーマであると言えるでしょう。最近、哲学や心理学の中で、人生の意味の概念を改めて学際的に捉え直そうとする潮流が生まれてきています。人は、この実存的な問いを、なぜ・どのように問い、そして答えるのか。今回の発表では、ワークも交えながら、人生の意味についてみなさんと一緒に考えてみたいと思います。

開催日: 2015年7月11日土曜日 14:00~16:00(開場13:30)
開催場所: ハイアット リージェンシー 京都 地下1階Touzanバー
〒605-0941 京都府京都市東山区三十三間堂廻り644番地2
http://kyoto.regency.hyatt.jp/ja/hotel/our-hotel/map-and-directions.html

ご予約:
各回定員20名 参加料3000円(茶菓子付)
お申込みは、メールまたは電話にてお願いいたします。
電話番号: 090-6662-0360
定員になり次第、受付を終了させていただきます。

第28回(2015年6月13日)の報告

第二十八回、六月の最初のスピーカーは、アンドレア・フロレス・ウルシマさんでした。現在、京都大学地域研究総合情報センターの研究員をされており、都市環境史、地域空間論がご専門です。

今回は特に、1970年に開催された日本万国博覧会の会場計画を紐解きながら、当時の日本が未来都市をどのように捉えていたのかをお話しくださいました。

 

まずは自己紹介がてら、ブラジル人のアンドレアさんが、どうして来日することとなったのか、です。彼女は、サンパウロ大学の建築・都市計画学部を卒業しました。そこに在籍していた頃、韓国の都市計画のコンペティションで受賞したことがきっかけで、ソウルに来ることがありました。アンドレアさんにとって初めてのアジア訪問でした。ブラジルにいる時は、あまりに遠いアジアの情報が入ってくることは少なかったそうです。入ってきても、日本のものがほとんどで(ブラジルには、日本国外最大の日系人コミュニティがあります!)、アンドレアさんの中では日本と韓国もおおよそ同じようなものなのではないかと考えていたそうです。アンドレアさんは祖父が日本人の日系三世ですが、祖父は1930年代に移民しました。アンドレアさんのイメージする日本(とアジア)は、お祖父ちゃんから伝え聞かされた戦前の日本のままでした。しかしソウルに着いてみますと、想像と全く異なる、カラフルな近代都市でした。アジアの新しい一面を発見すると同時に、ブラジルの大都市にも似ていることに興味を持ち、普段ブラジルで触れることのないアジアの都市をもっと知りたいと思うようになったそうです。

このようにして来日されたのですが、日本に来て研究テーマに据えたのは、60年代からの日本の都市計画でした。この時期は、都市レベル、景観レベルでも日本は大きな変革の時代を迎えていました。60年代の日本は「アーバントランジッション」が起こった時期、つまり人口の50%が都市に住んでいる状態になった時期だそうです。都市に人口が集中しますと、当然インフラの整備が必要になってきます(例えば、福島も何もなかった大地に計画的に都市が建設されたのが67年頃からだそうです)。このように都市の肥大化に伴い、「メガロポリス」という、都市と都市が繋がってできる巨大な都市ができてきます。そして、都市問題も顕著になってきますので、どのような都市を作ればいいのか、という議論が積極的になされた時期でした。こうした議論には、建築家、都市計画家はもちろん、政治家や社会学者など多くの人々が参加しました。

こうした議論の中で出された一つの提案が、ニュータウンをつくる、というものでした。有名なところでは、千里ニュータウンがあります。村のような、ぽつぽつと民家があった所に、1160haという広大な土地を開拓し、37000戸も収容できる街を作りました。千里ニュータウンは万博会場からほど遠くありませんが、このニュータウンを作ってから、それらのすでに大部分整えられているインフラ整備を利用して建設しよう考えられたそうです。

大きな都市を作る(大阪府は1963年、京都市は1960年)だけでなく、国際イベントが開催されたのもこの時期です。大阪万博以外にも、1963年には東京オリンピックが開催されました。こうした事業に政府は大きな関心を示し、巨額の予算も割きました。しかし、当時こうした大きな祭典に重きを置いていたのは政府だけではなく、事業家や学者も「大きな都市」をつくることに尽力しました。そこで未来都市のモデルが活発に議論されたのでした。

そうした議論の中で、アンドレアさんが着目したのは万博の都市モデルでした。今日見られる最終形態になるまでには、いくつもの計画が段階的に提案されていました。計画自体は1965年に始まったとされていますが、実は最初の話し合いが持たれたのは1963年でした。この大阪万博の計画を取り上げるとき、必ず東京大学の丹下という建築家を中心に話されます。しかし少し掘り下げていきますと、丹下の最終案に辿り着くまでに、様々な案が出されていたことがわかったそうです。そして最初の段階に、京都大学の先生たちも深くかかわっていたことを突き止めました。どのような人たちが関わっていたかといいますと、西山夘三という建築学科の教授を中心に、主にもう一人、上田篤という建築家でした。それでは、京都大学の先生たちはどのような未来を想像していたのか考えよう。アンドレアさんは直接、上田先生から当時のヴィジョンを伺いました。第一思案から最終的な形態(東京大学の丹下の指揮のもと製作)まで数多くの変化がありましたが、変わらなかったものもあったそうです。それが、シンボルゾーンとお祭り広場の作製でした。そして、これは元々京都大学のグループの提案したコンセプトでした。京都大学のグループの核であった西山にとって未来都市には幾つかの大事なコンポネントがありました。一つは、都心部(万博ならその万博ゾーン)にシンボルゾーンがある、ということでした。インフラ、文化などの管理が集中する都心に、人々の集まれる「お祭り広場」をつくることの重要性を西山は、万博に直接まつわらない論文でも述べているそうです。また、アンドレさんはダイアグラムから、西山の想像する都市の構造を図解してくれました。都市の中心部であるコアと、その横を縦断する側道があります。この側道は、都心には直接入らず、高速の乗り物が通ります。ここでの時間とコア(都心)では時間の速さが異なります。このコアと側道を繋げてくれるコーディネーターとなる部分も重要です。西山はこうした都市構造を念頭に、どのようにしたら快適な万博の空間を造れるのか考えていました。アンドレアさんは、実際に出された提案と西山の論文を突き合わせて検証しています。西山は若いころ、西洋モダニズムの影響を受けた空間構想をしていました。しかし、40年代に入ると疑問も出てきました。というのも、当時は大規模な都市の構想を練り、それをもとに大都市がどんどんつくられていましたが、昔の人々は格別そのような計画を立てるもなく村や村落をつくっていたのではないだろうか、と考えるようになったからです。そこで、自発的な生活空間を調査しながら、日本の空間構想の特徴を模索していきます。例えば、「イエポリス」という考えを提唱しました。それは、日本の家は靴を脱いで入りますが、それに倣い、都心部に入るときは車を置いて入ろう、というような考え方でした。これは、様々な理由から(交通渋滞の軽減、エコロジー的配慮など)、都市内で車の数を規制しようとする今日の風潮にぴったりなような気がします。そうして、こうした考えを実践しようとした痕跡が、万博の試案から読み取られるのです。

このように共同体の生活空間に少なからぬ関心を示していた西山夘三ですが、彼は建築物の研究者としては有名ですが、都市や環境を考えた人としてはあまり研究されていません。新国立競技場の建設が問題沙汰となっている今、このように過去の未来都市像と今日の私たちの実際の生活空間とを比較し、見つめ直すことから学べることは多いのではないかと考えさせられた発表でした。

 


二つ目の発表です。発表者は、京都大学で情報学研究科知能情報学の博士課程に在籍されています、則のぞみさんでした。
 知能情報学…!アンドレアさんご発表の大阪エキスポのテーマではありませんが、なんだか近未来的な雰囲気ですが、こちら、ものすごくざっくりと紹介しますと、人工知能などの研究で、「人はココロを作ることができるのか?」という問いから始まり、「人は人をつくれるのか?」という、5月のドイツ文学専攻の中岡さんによる、ゴーレムについての発表と、とても通じる研究なのでした。

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 エコール・ド・東山の数々の発表を聞いて改めて気付かされるのが、一般的に理系文系と分化されがちな研究は、突き詰めると「ひと」の存在について、様々な方向から懸命にアプローチしていくという意味でとても親しいということです。一面的な方法では、決して解決は出来ないこの問いは、多角的なアプローチがあってはじめて言及し得ることができるのでは…と、改めて感じさせられます。そういえば最近、人文科学部は国立大学から廃止せよとの提案がなされました。これまでの研究者の方たちの発表を聞いてきた者のとても個人的な感想ですが、このような法案が万が一でもまかり通るならば、先人たちがせっかくバランスをとって培ってきた、大切な人間性の根本の、大きな後退となってしまうのではと思わずにはいられません。
 少し脱線してしまいましたが、そういえば、1月に発表してくださった情報システム研究者の宮部さんが、「コンピュータは人間より格段に高速で莫大な情報処理を行う能力を持っているが、人間のように考えて行動することができない」と仰っていました。一般的にコンピュータと呼ばれている、この「計算機」の起源が、そもそもアリストテレスの論理学=存在論にまで遡れるとは驚きです…!計算によって世の事柄を説明しようというのが、この論理学の根本なのです。そして、この理論を現実のものとして、「コンピュータ」という形としたのが、今日本でも上映中の映画にもなったチューリングという学者でした。こちらに、映画のリンクを貼っておきます→(http://imitationgame.gaga.ne.jp
 則さんの研究は、まさにこの人とコンピュータの間を、その計算という技術自身で補完してゆくことによって、「人として考えるとはどういうことか」、「人として行動するといくことはどういうことか」を追求することにあるのだそうです。これは、則さんや前述の宮部さんがおっしゃっていた「フレーム問題」とも関わっているように思えました。人間はどこまでを限界にするかを自分で判断する能力を持っています。しかし、機械はこれが出来ない。
 則さんらの研究は、なんと、機械にもこの能力を獲得させようという試みです。莫大なデータ=ビッグデータと、それを計算する能力を武器に、それまでは信頼性に足りないと思われていた雑音のようなデータさえ、莫大な量を扱うことによって信頼度を高める統計的な視点を導入することで利用可能となるのです。まるで、「人」の子供が日々、ものすごい勢いで世の中を学んで行くように…。

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 この技術の精度がどんどん上がれば、今まで知り得なかったことが知ることができるようになるかもしれません。というか、確実にそうなりつつあります。たとえば、膨大な数のゲノムの解析などで、遺伝情報は着実に解明されつつあります。これを元に自分の未来がある程度予測できる可能性が出てきました。知り得なかったことを技術の進歩によって知った時、人は、一体どう変わってしまうのでしょうか…?
 そして、何より、機械が判断をくだすことが可能になったとして、その機械の間違いは、一体だれが責任を持つことになるのでしょうか…?
 機械と技術の進化は、人間のあり方を変化させることになりそうです。そして、機械と人間の関係も変化し、それに伴って人間の生きる概念も変化するでしょう。そして人と機械が共生することは何を意味するのか?という問いが、とても近しい問題となってくるでしょう。
 このように、則さんの研究は、「人工知能」の研究であり、それは究極には「人とはなにかの理解」につながるものであるのでした。
 自らの存在が、科学という「道具」だったものの進歩によって、却って揺るがされることになり、それによって改めて自らの存在を顧みる。人とは、なんだか因果な存在だなぁと思いながらも、そのような、ちょっと恐ろしい問いに真正面に向き合って行こうとされている則さんに、とてもたくましいものを感じていました。そして、改めて、その科学を享受しようとする際に、人はどうしても、倫理的精神的な問題に向き合わざるを得なくなることにも、改めて気付かされた気がしました。

今月のケーキ

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いつもエコール・ド・東山のケーキを先輩シェフとともに用意してくださっている渋谷南さん。4月に開催された第12回ヌーベル・パティスリー・ジャポンのマジパン部門で「金賞」に輝きました。「春のぬくもり」と名付けられたかわいらしい作品です。

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今月のお花

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新緑のお庭

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5月の回もたくさんの方々にお越しいただき、ありがとうございました。ブログの後半に報告を載せています。
さて、エコール・ド・東山は、7月をもちまして開催を終了いたします。3年間、たくさんのお客様にお越しいただきましたことに感謝いたします。まだお越しいただいていない皆様、6月・7月と二回ございます。ぜひ、ご参加ください。
6月13日土曜日のご案内です。ひとつめは、1970年代日本の都市計画について。万国博覧会から紐解きます。もうひとつは、情報処理の観点から、人間と機械の共存について考えます。詳しくは次のとおりです。

西山夘三と1970年日本万国博覧会

――未来都市のコアモデル――

アンドレア・フロレス・ウルシマ

京都大学 博士(人間・環境学)

京都大学 地域研究統合情報センター研究員

1970年に開催された日本万国博覧会の会場計画には、京都大学の名誉教授、西山卯三が重要な役割を果たしました。本発表 では、彼が作成した原案「未来都市のモデルコア」と計画の過程を詳細に見てゆくことで、西山の60年代の都市計画思想を読み 解き、彼が万博会場計画に及ぼした影響について考えます。


機械と人はどう共存していくのか

――統計的機械学習入門――

則 のぞみ

京都大学大学院 情報学研究科 知能情報学専攻 博士課程

学術振興会特別研究員

近年様々な場面で、ビッグデータと呼ばれるような大量のデータを活用する情報処理技術が利用されるようになりました。それらの情報処理には人工知能の技術が用いられています。本発表では、その中でも最も活発な研究分野である統計的機械学習を紹介しながら、機械と人がどのように共存できるのか、そんな世界がありえるのかを考えてみたいと思います。

開催日: 2015年6月13日土曜日 14:00~16:00(開場13:30)

開催場所: ハイアット リージェンシー 京都 地下1Touzanバー
605-0941 京都府京都市東山区三十三間堂廻り644番地2
http://kyoto.regency.hyatt.jp/ja/hotel/our-hotel/map-and-directions.html
ご予約:
各回定員20名 参加料3000円(茶菓子付)
お申込みは、メールまたは電話にてお願いいたします。
電話番号: 090-6662-0360
定員になり次第、受付を終了させていただきます。
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7月開催日: 2015年7月11日土曜日 14:00~16:00(開場13:30)

内容: 文化人類学(日本)と心理学の予定です。


   ◇■◇■◇5月の報告◇■◇■◇   

機械と人間の境界――人造人間ゴーレムの伝説――

中岡 翔子


さて、エコール第27回、最初の発表者は中岡祥子さんでした。

ドイツ文学を専攻されているそうですが、今回はそれとは少し違った、人造人間としての「ゴーレム」についてお話しくださいました。古代ヘブライ語から来たこの言葉の、旧約聖書での登場から今日までの変容をとても興味深い形で網羅的に説明してくださいました。

最初のロボットの小説というのは、20世紀初めに書かれたチェコの小説『R.U.R』だそうです。ここで出てくるロボットの下地には「ゴーレム」の存在がありました。この「ゴーレム」は本来ヘブライ語ではサナギですとか幼虫という意味を持っていたそうです(今日でも使われるそうです)。その言葉は、旧約聖書の詩篇で初めて「不完全な」という意味合いを持つ言葉として出てくるのだそうです。それが、20世紀の東欧の小説ではいつの間にか「人造人間」やロボットまで変貌を遂げるのです。なぜこのように変化していったのでしょうか?

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元々キリスト教世界では土から神が人間を作った、と信じられていました。そこで、人間も神のように、人間のような存在を創り出す能力を受け継いでいるのではないか、というような考えが出てきたそうです。人間によって創り出される存在「ゴーレム」は時としては下僕になるなど、扱いの形は変容しました。20世紀のプラハでは、放浪の民で安住の地を持たないユダヤ人を守る存在として受け継がれていました。こうした逸話が流布し、グリム兄弟がゴーレムを紹介するなどして、東欧でゴーレム伝説が形成されていきました。ユダヤ人の間では、主に思いあがった人間のあり方を描きだすものでした。しかし、この伝承がキリスト教社会に広まるにつれ、その技術面の発展が注目されるようになります。

ここまでの中岡さんのお話を聞きながら、人間の普遍的な性みたいなものについて思いを巡らせていました。人間はどんどん物を作ります。あるいは、自らが制御できる範囲を優に超えているものも、危険性から目を背けて作り続けます。そしてそれが脅威になる、というパターンはまさしく昨今の原発問題を彷彿とします。全くもって新しくもなんともないパターンなのだ、と複雑な気分で思わざるを得ませんでした。同時に、旧約聖書の、バビロンの塔の話も思いだされました(人間の思い上がりに対する神の制裁の話です)。

中岡さんのお話に戻しますが、この伝承が技術面に着目する形で広まっていったのは、19世紀以降、科学革命を経て社会の関心が技術の革新に向けられるようになっていたからだそうです。中世末期以降、魔術と科学が明確に分けられるようになりました(元来、魔術は人間が起こすものであるのに対し、奇跡は神が起こすものでした)。この「科学」が科学たる根拠は三点あります:普遍性、客観性、合理性です。

そうした中で、「人間機械論」という考え方が生まれてきます。機械論とは、自然物や事象の構造や発生を精神的に説明するのではなく、メカニカルに捉えることです。こうした考えが人間存在そのものにも敷衍して考えられるようになり、人間は自らぜんまいを巻き、半永久的に動く存在であるという考えが出てきました。中岡さんは、この「人間機械論」から派生した例として、機械仕掛けの排泄するアヒル(1793年)や、オルガンを弾く貴婦人(1774年)などのぜんまい仕掛けの自動人形のお話をしてくださいました。

人間の創造物である、という意味においてはゴーレムに通ずるこうした物の表象は、文学作品の中でもたくさん見られます。これらの創造物が私たち人間や動植物と決定的に異なるのは、自然な生殖による産物でないということです。既に完成された、創り上げられた状態で世に出現します。そのため、当然そこには「死」がありません。こうした「誕生」と「死」の欠落は、同時に生命そのものを軽んじるものではないか、という問題も孕んでいます。このお話を伺いながら、近年の医学の著しい発達のおかげで、様々な形での出産が可能になりましたが(例えば、子供を望めない人が代理母による出産)、それにつれ、様々な倫理的問題も膨れ上がってきているということを思いだしました。

どこまで生命に手を加えて良いのかは、非常に複雑で中々にみんなが一致するような答えの出ない問題ですが、機械工学がどこまで人間の生命や生命活動に介入していってもいいものか、というのも難しい問題です。中岡さんの見せてくださった映像で衝撃的だったのが、石黒浩さんのチームが作り上げたジェミノイドです。パッと見たところ、人間そのものに見えるようなロボットです。そしてのそのロボットは、会話の受け答えまでしてくれるのです。その精巧さには度肝を抜かれましたが、でも少し見ていますと、やはり違和感が生じてきます。これまた強烈に「人間ではない」というレッテルを張りたくなります。しかしそうしたレッテルを張りたくなるのも、あまりに人間に近いものだと感じ、それを正面から否定することにより、安心したいのかもしれません。いずれにしましても、夢物語のように思っていたアンドロイドやロボットの世界が、実はそう遠くない未来まで来ているのだと感じました。いかに人間らしく見せるかを追求したロボットですが、実際に平田オリザと舞台を作ってもいるそうです!生身の人間とプログラミングされた機械の掛け合いは非常に見てみたいところです。

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こうしたロボット工学では、人間の心という曖昧なものは度外視したところで、人間に近づける方法を考えて作製されます。しかしながら「こころ」の問題は、サブカルチャーにおいては非常に重要な位置を占めています。日本のサブカルチャーにも数多くのゴーレムが出現します(ドラゴンクエスト、パズ&ドラゴンの携帯ゲームの人気キャラクターなど)。『風の谷のナウシカ』や『エヴァンゲリオン』に出てくるゴーレムは成人し、完成された「人間」ではない存在として、「無垢」や「子供」の概念と引きつけて考えられています。それらの作品は、人間の創造物と自然の産物である人間の共存のあり方を模索しています。非常に興味深いと感じたのは、そしてまた、それが中岡さんの今回のお話のコアでもあったと思うのですが、こうしたある意味とても近代的な問題だと思われがちはテーマが、紀元前の時代から本質的に変わることなく問われ続けているということです。そしてその問いに、現代の社会がどのような答えを出していくのか、気になるところです。


日本語にみられる否定の多様性

久保 圭


次の発表者の久保圭さんは、京都大学の博士課程で言語学を研究されました。久保さんによると、この「言語学」という学問、どうも誤解を生みやすいようでして、「外国語をいくつも話せるの?」などと尋ねられる事が多いとのこと。そこで、日本語の研究をしているのだと説明をすると、今度は、「日本人なのに日本語がわからないの?」と訝しげな視線を浴びたりもするそうなのです。

そんな数々の誤解を生んでいる言語学の意義とは、久保さん曰く、「同じにみえるけれど、実は違っている」ような、いつの間にか直感で区別しているような、「ぼやっとした言語の感覚」を明確にするところにあるそうです。たとえば、と言って久保さんはこんな例を挙げてくださいました。

問:「泥だらけの靴」と「泥まみれの靴」どう違う?

(一応)日本語ネイティブ(のはず)の我々には、どちらも違和感がない表現ですが、でも、わざわざ違う言葉が存在するという事は、何か違いがあるはず…!(というのが、言語学の基本的な考え方なんだそうです。その根拠の1つとなっているのが、言葉は楽な方に流れやすく、したがって同じ意味を持つ言葉は一番使い勝手の良い語に吸収されてしまいがちという性質にあるそうです。)

何が違うのか、首を傾げておりましたら、我々は案外使い分けをキッチリしているようです…!というのも、久保さんが三種の例をあげてくださったから判明したわけなのですが、そのうちの二つをご紹介します。

1)連休中京都は車だらけだった

2)連休中京都は車まみれだった

→2は気持ち悪い

1)汗だらけの男

2)汗まみれの男

→どちらでもOKかも…

どうでしょうか。同じように感じられましたか?

こういった使い分けを数々分析してみると、どうやら我々は知らず知らずのうちに、

「〜だらけ」…点的に感じるものでいっぱいになる

「〜まみれ」…液体などで全体が覆われている

といった使い分けをしているようです…!普段「意識しないで」使っている日本語も、よくよく考えると難しいことがわかりました。

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なるほど「言語学」という学問、なんだかスッキリする気がします…!この学問の奥深さの一端を、今回、久保さんの主たる研究の中心である、「不」「無」「非」「未」という日本語の4つの「否定接頭辞」を使って私達に案内してくださいました。すべて「〜ない」という意味を付与する接頭辞ですが、久保さん曰く「ことばひとつ、意味ひとつ」。同じに見えても、別の表現ということは、何かが違うはずなのです…!しかも、その直感を我々は日々駆使しながら生きているのですから、この直感の中身が判明できれば、「人間とはなにか」という問いに少しは近づけるのかもしれないと久保さんは、まるで言語学そのもののような飛躍的な展開をされました。

コップの水が、「半分しかない」のか、「半分もある」のか。

このような表現ひとつひとつが、私達人間を形作っているのだと久保さんは言います。

直前の中岡さんの「人は機械なんだろうか」「機械は人になれるのだろうか」という問いかけとを考え合わせると、学問とは、結局、様々な方向から人の存在を追求してゆくものなのだろうか…という思いにかられます。

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そんなことを考えながら、次回6月の発表を思うと、更に複雑な人の存在の可能性が見えてくるような気がしてきました…!
今月のケーキ
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